時間について書かれた本が好きで、よく読みます。
というのも、人生というのはすごく雑にいうと「その人が生まれてから死ぬまでの時間」を指すモノなので、その時間の上手い使い方というのに興味があるのです。
最近読んだ”
”という本に面白いことが書いてありました。人は1日あたりの可処分時間が2時間を切ると幸福度が下がるが、逆に可処分時間が5時間を超えても幸福度が下がるとのこと。
時間が足りなくなると幸せを感じられないことは感覚的に理解できますが、逆もまた然りなのは驚きですね。
時間が余りすぎてもいけない理由としては、可処分時間がありすぎると大抵の人は手持ち無沙汰になってしまい生産性を実感できないから、だそうです。
確かに言われてみると、つい先日のお正月などがいい例かもしれません。
1日何にもせずに過ごすのは確かに気持ちいいのですが、それが何日も続くと、なんだか時間を無駄にしているような感覚が湧いてきますよね。
FIRE(経済的自立して早期リタイア)したはずの人が、持て余した時間に耐えきれず、仕事を再開してしまう”FIRE卒業”が少し前に話題になりましたが、それにも関係がしている気がします。
ただし、「じゃあ余裕のある時間を追求するのはやめた方がいいのか」というと、そうともいえなくて、実はさらなる分析から、時間がありすぎることで見られた幸福感の低下は、その時間をやりがいのある自由裁量の活動で過ごすか否かによることがわかったそうです。
具体的には、私たちが分析した結果によると、可処分時間を社会的なつながりを育むためにつかう場合(例:友達や家族と一緒に過ごす)、あるいは生産的につかう場合(例:趣味や運動)、時間が多すぎても幸福感は低下しないことが示されたとのこと。
リタイア後の憂鬱を防ぐ鍵はここにありそうですね。
どんなに頑張って時間を捻出しても、その有用な使い道をわかっていなければ、全ては無用の長物で骨折り損になってしまいます。
時間は、もちろん人生における貴重な資源ですが、それはあくまで何かを達成するために消費するものの一つに過ぎません。これはお金にも同様のことが言えますね。
幸せに過ごすことができるようなお金や時間の消費先をたくさん見つけつつ、お金持ち、時間持ちへの道を歩んでいきたいと思う今日この頃です。
以上、「可処分時間が長すぎると人は不幸になるそうです」という話でした。